エレクトーン教室に通った幼少期

エレクトーンに通い始めたのは、4~5歳ぐらいのとき
「筋肉マン」の演奏をきいた衝撃的な体験があったからです。

5つぐらい年上で親戚のお兄さんが
僕の目の前で当時アニメ放送で有名だった
「キンニクマン」のオープニングテーマを披露してくれました。

その時にすごく感動して、
母親に「エレクトーンをしたい!」と言ったのだと思います。

自分もエレクトーンを弾けるようになりたい!
曲を弾く姿に憧れたのでしょう。

すぐさま住んでいる場所から最寄り駅に存在する
大手の音楽スクールに通い始めます。

一番最初のクラスは大人数でした。
たしか15人前後だったと思います。

でも一月たち、2ヶ月、3ヶ月経過すると
生徒の数がすごく減っていきます。

理由は、はっきりと分かりませんが、
目的がなかったからかもしれません。

つまりやる側の動機が薄い。

何となくやってみよう・・・と思った。
というのがこどもの心境の多数派。

それか、音楽演奏は一度ぐらい習ったほうがいい・・・
という親のほうが主導で始めた。

いずれにせよ本人のやる気がなければ
どうにも続けることは難しいでしょう。

で・・・

最終的に残ったのは僕を含めて3人。

他の2人は女の子で
両方とも年上でした。

その2人は今でも顔と名前を覚えています。

レッスンの内容は、曲の練習が中心ですが、
楽譜を読む知識があったのは有利だと感じます。

しかも楽譜の知識は、抵抗なく読みこんだ気がします。

そのあたりはこどもだったので、
頭の柔軟性や吸収力が高かったのかもしれません。

あとは、コードを記憶したのを
覚えています。

C、C7、EM・・・。

理論は説明を受けても理解する能力がないので
形だけでコードを覚えます。

つまり、Cと記載されていたらこの形を指で押さえる。
という具合に。

通っていた音楽スクールでは
年に何回かイベントがありました。

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個人発表とグループ発表が主な行事でした。

個人はオリジナルを作ってスクールの
一番大きな部屋で発表します。

すごく緊張しますが、
他の人の演奏を見れるのが大きな特徴。

その時に「才能のある人、上手な人は
自分とは何が違うんだろう?」と素朴に感じたのを覚えています。

絶望はしませんが、
驚きと落胆の狭間をさまよいました。

ただ・・こどもの時は、都合の悪い情報を
すぐに忘却できる力があったようです。

さて、3人のクラスは一年かそこらで一度終了します。

というのも、3人では少なすぎるので
それぞれ個別レッスンに進んでいったのです。

個別レッスンでは先生が変わりましたが、
僕の担当の先生はすごく温厚な性格でした。

だから音楽演奏に関しては
成長が遅い僕でも「長く続けて」通うことができたのだと思います。

飴と鞭でいうと、ほとんど
むちがでてこない先生。

もし厳しかったらすぐに辞めていた可能性があります。

ただ教え方や物事はすべて一長一短なので
その方法が技術を伸ばすという点において
優れていたかというのは別の視点になります。

嫌いにならず長く続けることができ、
のちのちの自分の音楽に影響を与えてくれたのは確かです。

エレクトーンを通ったからこそ、
音楽に関しての感受性が高いし
今でも生活に深く根付いています。

高尾真也プロフィール

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